(※本記事は2012年1月11日に執筆したものに、加筆、訂正を行ったものです)
最近、よく夢に騙される。
夢、といっても、ここでいうのは寝ているときに見るやつの方だ。
私は社会人なので、高校へ通う必要はない。しかし、なぜか高校へ向かおうとする自分がいる。
これが夢でなければ、すぐ気付くはずだ。社会人なんだから、向かうべき場所は職場である。しかし、夢の中ではなぜか「そういう設定」になっているらしく、私はその設定どおりに役を演じる存在になっている。
遅刻しそうな私は、車に乗り込む。これもおかしい。なぜ高校へ行くのに車に乗り込まなければならないのか。しかも運転は自分だ。
おまけに、通ったこともない高校に、見たこともない風景の中、向かっているのである。それなのに、なぜか道順だけはちゃんと押さえていたりするから始末が悪い。
こうやって、毎度のように夢に騙される。
まあ、「騙される」っていうのもおかしい。そういう夢を見せているのは自分自身なのだから。
夢であると気付いた状態で見る夢を「明晰夢」とか呼ぶらしい。その状態に持っていく方法はいくつかあり、たとえば私の場合は「空を飛ぶ」。
ある夢で、私は取り返しのつかない、とんでもないミスを犯した。
「これは夢ではないか?」
そう疑った私は、とりあえず空を飛んでみた。
現実に返って考えれば、この行動は変だ。現実世界で取り返しのつかない過ちを犯した場合、「夢だったらいいのに」と考えても、「そうだ、空を飛んでみよう」なんて思わないだろう。だから、空を飛ぼうと考えた時点で、うすうすではあるが夢であることに気付いていると考えてよい。
しかし、空を飛べたことでこれが夢であることがわかると、そこで安堵して、また夢であることを忘れてしまうのである。
そして、次のストーリーが始まり、私はまた別の役を演じることになる。
